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鹿児島家庭裁判所 昭和46年(少ハ)3号 決定

本人 S・M(昭二五・一〇・一二生)

主文

本件申請を棄却する。

理由

別紙記載のとおり

(裁判官 井土正明)

別紙

一 本件申請は「本人を昭和四六年一二月二〇日まで中等少年院に継続して収容する」との決定を求めるもので、その理由として「本人は昭和四五年七月二一日鹿児島家庭裁判所において中等少年院送致決定を受け大分少年院に在院中のところ昭和四五年一〇月一二日二〇歳に達し少年院法一一条一項により昭和四六年七月二〇日をもつて少年院収容期間満了の予定であつたが、同年六月一九日クラブ活動で相撲練習中に全治約六ヵ月を要する左下腿部骨折の傷害を負い現在病舎において休養加療中であるので、仮に本人をこのまま出院させた場合は健康上からも当分就労できないことはもちろんのこと、不安定な生活や安直な気持から放縦となり再非行に走る虞れも十分考えられ得ることであるので、完治するまで収容を継続するのが最も望ましい措置であると考える」というのである。

二 一件記録によれば、本人が昭和四五年六月大阪市内のパチンコ店で稼働中に客に対し殺人未遂事件を起こし同年七月二一日当裁判所において中等少年院送致決定を受け同月二四日から大分少年院に収容されていることおよび本人が同年一〇月一二目二〇歳に達し送致決定後一年を経過した昭和四六年七月二〇日をもつて満期退院すべき立場にあつたことは明らかである。

三 少年の審判における供述ならびに家庭裁判所調査官に対する陳述、医師岡本雄三作成の診断書ならびに家庭裁判所調査官に対する陳述、大分少年院分類保護課長雫石好春の供述ならびに家庭裁判所調査官に対する陳述を総合すれば次の事実が認められる。

即ち少年は、入院当初三回にわたつて逃走を企画したことがあり、活動的、自己中心的で自己顕示性の強い性格で集団処遇に困難が予想されたので夜間のみ単独処遇に付された。当初は教官の指導に反発の姿勢をとつていた本人も次第に個別指導と内省により効果があがり、本年に入つてからは、無事故賞、勤勉賞、精励賞を受け(ただし、一度けんかにより課長注意を受けたことがある)、昭和四六年六月一六日一級上に進級し、順調に推移すれば七月二〇日の期間満了をもつて退院できる見込みであつた。ところが六月一九日クラブ活動で相撲の練習中相手と取組んで倒れた際左下腿部(左足首)を骨折し、以来病舎で療養中で同日と六月二九日に手術を行ない、現在はギブスで患部を固定中である。通常の仕事に就ける状態に回復するには今後五ヵ月を要するものと思われるが、さしあたり松葉杖を使用すれば歩行することができ、附添の者と共にであれば列車で親許に帰宅することも可能である。以上の事実が認められる。

四 ところで収容の継続は、在院者の心身に著しい故障があり、又は犯罪的傾向がまだ矯正されていないため少年院から退院させるに不適当である場合に限つて許容されるのである(少年院法一一条二項、四項)。本人は精神病あるいは精神病質者ではないが、上記のとおり活動的、自己中心的、自己顕示的性格のため夜間のみ独居処遇に付されているものであるが、この傾向は在院中かなり改善されて来ており、この点は継続して収容すべき理由となしえない。身体的故障の点についてであるが、本人は加療約六ヵ月を要する左下腿部骨折という重大事故のため現在は治療に専念する必要があり就労できない状態にあるというものの、患部の骨の治癒と身体的機能の回復のために日時を要するというもので、少年院に居なければ回復困難というものでもなく、転医すれば治療に差し支えるというものでもない。本人および両親とも帰宅を熱望しており、治療費自己負担の点は本件にあつて重要な要素ではない。してみると、本件程度の身体的故障は本人を継続して収容すべき理由となりえない。

なお、退院後の本人の生活状況がどのようになるか一応検討すべきことであるが、本人と不仲であつた兄S・Mが結婚して親許を去り課題の一つが解決されたこと、家族間の連帯感に欠け両親の指導能力が不十分であるとの点については少年院送致を機に両者の信頼関係は不十分ながらも深まつて来ていると思われることその他受入態勢に特段の不備があるとは思われないことなどからみて帰宅後平穏な療養生活に入ることを期待してよいものと思われる。

五 以上の次第で、本件は少年院法一一条四項の要件に該当しないので、本件申請を棄却することとし、主文のとおり決定する

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